1789年7月14日、フランスの民衆がバスチーユ監獄を襲撃し、それをきっかけにフランス革命が勃発した。その日を記念して、毎年この日は、フランス全土で最大のお祭りが開催される。『フランス革命記念日』あるいは『フランス建国記念日』と呼ばれている祝日である。ちなみに、この日を「パリ祭」と呼んで、デパートで、マカロンやワインのフランス物産展を企画するのは日本だけらしい。
ある年の7月14日、私は、お祝いムード溢れるパリの街中を、早朝から深夜までカメラ持って歩き回っていた。凱旋門に通じる12の通りを全て封鎖して、凱旋門からコンコルド広場までの2,5キロを、約5,000人の兵士や騎馬隊が行進。軍用機や戦車も参加する大迫力のパレードが、私の目の前を次から次と通り過ぎていった。夜は夜で、シャンパン・フラッシュに輝くエッフェル塔と、パリの夜空に打ち上がる花火を、大群衆の歓声に囲まれながら見上げていた。
興奮した群衆の大歓声、ジェット戦闘機や戦車群が目の前を通り過ぎるときの地響き、花火と音楽がシンクロする大音響、そうしたリアルな音をお届けできないのが残念至極。異邦人である私が感じた、フランスの特別な一日を、カメラに収めてみました。
➀ 祝祭の朝は静かに明けた。パレードの出発点となる凱旋門。最寄りの地下鉄駅は全て封鎖。凱旋門に繋がるオスマン通りもこのとおり、誰ひとりいなかった。ただフランス国旗だけが、音もなくはためいていた。
➁ メトロのジョルジュ・サンク駅前に着いた途端、凱旋門の上空に、9機のジェット機が現れた。轟音とトリコロール(フランス国旗の3色)のスモークを残して、瞬く間に消え去った。いよいよパレードの始まりだ。
(写真引用;Military Music Channel、【激レア】異例のフランス革命記念日パレード2020、 https://www.youtube.com/watch?v=rw6R0QE3mRg より)
③ アクロバット機に続き、フランス空軍のジェット戦闘機やヘリコプター部隊が、轟音を響かせて通り過ぎる。目を地上に下ろすと、凱旋門の下から、高らかにラッパの音を響かせ、騎馬隊の行進が近づいてきた。
④ ルイ・ヴィトン本店前を行進する騎馬隊。蹄の音を響かせながら、シャンゼリゼ大通りを埋め尽くす、数百頭の馬の大群。この日ならでは不思議な光景だ。
⑤ 騎馬隊に続き、ジープに乗った大統領が閲兵。ナチスドイツに勝利した、ドゴール将軍の凜々しい幻影が浮かんできた。その後ろから、白バイやパトカー部隊、消防部隊が、大統領を護衛するように続く。
⑥ シャンゼリゼ大通りの石畳を、地響きを轟かせながら進む大戦車部隊の迫力は凄かった。激しい振動を全身に感じた。
⑦ 軍事パレードの夜は花火大会。メイン会場となる「シャン・ドゥ・マルス広場」には、場所取りをしているグループもチラホラ。エッフェル塔の真下には特設会場も完成。皆、一升瓶ではなくワインとシャンパンを手にしているのが、珍しかった。
⑧ 花火の開始を知らせる合図は、エッフェル塔に灯った青・白・赤のトリコロール(フランス国旗の三色)。最初に広場に響いた歌は、フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』。『君が代』では盛り上がらないだろう、と思った。
⑨ 軽快なシャンソンやワルツ、フレンチ・ポップスの生演奏に合わせて、鮮やかに、パリの夜空に無数の花火が打ち上がった。
⑩ セーヌ川を挟んで反対側の会場「シャイヨー宮広場」から花火を見ると、こんな感じに見えます。
⑪ フィナーレは真っ赤な花火が打ち上がり、パリの街全体が一瞬赤く染まったようだった。230年前の「あの日」と同じように。そして再び、『ラ・マルセイエーズ』が力強く、静かに響き渡った。『武器を取れ 市民らよ! 隊列を組め 進もう! 敵の汚れた血が 我らの畑の畝を満たすまで!』
⑫ 花火の終わりと共に、パリの特別な一日が終わった。興奮冷めやらぬまま、家路に急ぐ群衆の波。夜半を過ぎ、メトロもなくなっていた。私はセーヌ川左岸に沿って、カルチェラタンにあるホテルまで歩いて帰った。
⑬ 川岸のあちらこちらで、祭りの終わりを惜しむかのように、時を忘れて、輪になって踊る老若男女のグループ。ホテルに到着したのは午前2時。私だけの『ミッドナイト・イン・パリ』
4号棟のYさんが地図を作成してくださいました。ご参照ください。